1/1ページ目 ヘンリーが笑いながら言った。勿論半分は冗談のつもりだろうが、その言葉にアベルはきっと険しい表情をした。そしてはっきり言う。 「タバサは嫁にやらん!」 「え?」 「……って言ってみたかっただけ」 アベルは笑った。 時は世界が平和になってから数年後。王として貫禄がようやくついてきたアベルとヘンリーは、今ラインハット城の特別応接室で談笑していた。そこで子ども達の話になり、ヘンリーがああ言ったのだ。しかしアベルは笑顔できっぱり言った。 「だけど、その話は当分保留」 「はは、アベルも親馬鹿かあ。だがうちのコリンズはタバサちゃんのことかなり好きだと思うな」 「タバサは、好きな人なんていないと思うけど……」 「どうかな。アベルは鈍いからわかんないんじゃないか?あの年頃の女の子は好きな男なんかいてもおかしくないぜ」 ヘンリーのその言葉にアベルは少しムッとしたが、考えてみればレックスやタバサは年頃だ。そういうことを考えてもおかしくないのだろうか。だがアベルは思春期に恋をしたことはなかった。奴隷生活真っ只中だったからか。そんなことを考えていると、ヘンリーは言った。 「でもタバサちゃん、ブラコンだろ」 「あー」 その通り、タバサはブラコンと呼んでおかしくないだろう。小さい頃はレックスと結婚すると言っていたし、今でも兄にべったりだ。アベルは言った。 「ま、コリンズとちょっとは進展すればいいんだけどな」 「いつの間に本気になってんだよ」 「ふ、いつかは考えなきゃいけないんだぜ?」 「そうだけど……」 アベルは動揺をごまかすためテーブルに置いてあったコーヒーを飲んだ。 その夜アベルは今日ヘンリーと話したことを妻ビアンカに伝えた。ビアンカは驚いたような表情を浮かべた。アベルは苦笑しながら言った。 「まだ早いよな?結婚だの何だのって……」 「うーん、どうかしら」 「えっ」 アベルは驚いた。ビアンカは真剣な顔を浮かべて続ける。 「タバサももう十六でしょう?一応結婚できる歳よ」 「タバサに、好きな人とか、いるのか?」 アベルはヘンリーに鈍感だから、と言われたのを思い出した。だがビアンカなら子ども達のことは分かるかもしれない。ビアンカはうーんと顎に手を当てた。 「いや、まだいないと思うわ」 「コリンズ君とかは?」 「そうねえ。……タバサは昔ほど彼を警戒しなくなってる。最近は好意的ともとれるわね」 アベルの顔に微かな狼狽が走ったのをビアンカは見逃さなかった。彼女はそっとアベルの肩に手を置いた。 「アベルったら、親バカねえ。タバサだっていつかはお嫁に行っちゃうのよ?」 ヘンリーと同じ事をビアンカは言った。アベルはわかってるよ、とぶっきらぼうに答えた。 「でもね、子ども達が誰かを愛せるって、私たちにとっても嬉しい事じゃない。それに……」 ビアンカはアベルの耳元に唇を寄せ、続ける。 「私たちみたいな、ステキな恋人になれたらいいと思うの」 「ビアンカ……」 「だから、心配は無用よ。それは子ども達が決める事なんだから。私たちがとやかく心配してもしょうがないわ」 そうだな、とアベルは頷いた。全て納得したわけではないが、心のモヤモヤはとれたような気がすると彼は思った。そしてアベルはビアンカにキスをした。 この夫婦のラブラブぶりも昔と全く変わっていなかったのである。 翌日。アベルは相変わらず忙しい公務に追われていた。そこで執務室の部屋がノックされ、盆にお茶を載せたタバサが入ってきた。彼女はあの頃から年月を経てどんどん美しくなり、少しビアンカに似てきた、とアベルは思う。 「お父さん、お茶よ」 「ありがとう。そこに置いといて」 タバサは言われたとおりに机の邪魔にならないところに茶を置いた。いつもは茶を運ぶのはメイドの役目だが、たまにタバサが運んでくる事がある。そういうとき、父はたまらなく嬉しい。 「お仕事、大変?」 「うん、あとちょっとで一段落するよ。……ねえタバサ」 なあに?とタバサが無邪気に尋ねた。こういうところは子供の頃から変わってないな、とアベルは思った。 「……いや、何でも無い。ただ、呼んでみただけ」 「変なお父さん!」 タバサは怪訝そうな顔で言った。そしてじゃあね、と部屋を後にした。 そんな娘の姿を見て、やはりタバサを嫁に出したくないなあ、とアベルは少し思った。 <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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