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悲しみは雨と
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 兄貴が死んだ。
 俺がその知らせを聞いたのは、あの長い旅が終わってから丁度半年後だった。俺はぶらぶらと目的のない放浪の旅をしていた。そこに、聖堂騎士団の一人からその報せを聞いたのだ。最初それを聞いたとき、俺は何も思わなかった。実感が湧いてこなかった。マルチェロとはゴルドのあの事件以来会っていないのだから。
 修道院に戻された俺は、変わり果てた兄の姿を棺桶から見下ろした。当たり前だが、びくとも動かない。昔のように、俺に怒鳴る事も、もうない。
 何も思わなかった。思えなかった。あの高飛車でプライドが高い男が死ぬなんて、とても俺は信じられなかった。だが悲しむ気持ちも、喜ぶ気持ちもない。
「死因は?」
「検死の結果薬物過剰摂取だそうです」
「自殺……ってことか」
 薬物が死因の場合、自殺か計画殺人が考えられる。だが、状況から判断してこのケースは自殺だろう。俺は益々信じられなかった。マルチェロが、自殺だと?
「ご傷心でしょう」
 一人の老いたシスターが言った。たった一人の身内を亡くして、と付け加えて。この婆さんは俺が小さい頃からこの修道院にいた。何かと世話になっただろうか。俺は、無意識に鼻で笑っていた。
「……ふん、せいせいするね」
「故人と肉親を悪く言ってはいけません。それに」
 そう言って婆さんは人差し指を立てた。そして、俺のほうにその指を向ける。
「顔に出ています。誰よりも、貴方が一番悲しいと」
 俺が一番悲しい、だと?
 俺が一番悲しめないんだよ、と俺は心の中で呟いた。

 通夜は、どんよりと曇った空模様の中行なわれることになった。俺の気持ちも、どんよりと曇ったままだ。ふと俺は葬式に参列する人ごみの中に、見慣れた顔を見つけた。
「ククール!」
「よう……」
 喪服を着たエイト、ゼシカ、ヤンガスの三人は手を振りながらこちらに駆け寄ってきた。皆辛気臭い顔をしてやがる。それは俺も、か。
「久しぶりだね」
「ああ。来てくれたのか」
「ええ……その、残念だったわね」
 ゼシカが俯きながら言った。俺はそんな場違いに思わず笑ってしまった。三人はそんな俺を怪訝そうに見た。
「何が可笑しいんでげすか?」
「いや……何か、駄目なんだよな」
「駄目?」
「別に俺は兄貴のことが好きだったわけじゃないけどさ、あいつの死を、その、まだ飲み込めないんだ。それに、何も思えない……悲しみも、何も」
 俺は正直に心の内を言った。三人は黙って俺の顔を見る。
「駄目なんだよ……」

 事は静かに進められた。喪主である俺は忙しいながらも言われた通り黙々と作業を進めた。そして、長く退屈な読経を聞きながら、遺影に写る無表情で、いつも通りの人を見下すようなマルチェロの顔をじっと見ていた。
 読経が終わり、俺は弔辞を述べなければならなかった。俺は前に立って、差し当たりのない悔やみの言葉を淡々と言った。怖いと思うほど俺は冷静だった。
 そして、供花の時間になった。親族から添えるらしい。親族といっても俺一人だけなので、最初に俺は棺桶の前に跪いて、一輪の百合を棺桶の中に入れた。そこで、俺の頬に何かが伝った。
 涙、じゃない。空を見上げると、雨が降り始めたのが分かった。次から次へと、俺の顔に雨が落ちてくる。これは、オディロ院長の時と同じだ、と思った。確かあの時も雨だった。
「まるで泣いてるみたいね」
 声のした方を振り返るとゼシカが両手で花を持ち佇んでいた。俺は笑おうとしたが、顔が引きつって上手く笑えなかった。
「あんな嫌味男だったけど、あんたにとってはたった一人のお兄さんでしょ。かけがえのない人だったんでしょ?」
 俺は俯いた。女の子に諭されるなんで、俺もまだまだか。
「かけがえのない、ヤツか……」
 俺はふと右手の中指を見た。そこには、マルチェロから譲られた聖堂騎士団長の指輪が光っていた。そして、最初にアイツに会ったときのヤツの笑顔を思い出した。それ以外にも、あいつとの数々の思い出。ロクな思い出なんで、あったもんじゃなかったがね。
 そしてふとぷつりと何かが切れて、熱い何かが込み上げてきた。しかしそれは雨と一緒に流され、すぐ分からなくなった。
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